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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)11860号 判決 1972年11月21日

原告 浅見兼吉

被告 飯塚隆 外一名

主文

一  被告飯塚隆は原告に対して、別紙物件目録記載の土地について浦和地方法務局昭和四五年七月三〇日受付第三五七二三号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

二  被告株式会社メツセンヂヤー不動産は原告に対して、別紙物件目録記載の土地について浦和地方法務局昭和四五年七月三〇日受付第三五七二四号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を昭和四三年三月八日前所有者訴外石関満から買受け、所有権を取得した。

2  被告飯塚隆は本件土地につき、浦和地方法務局昭和四五年七月三〇日受付第三五七二三号をもつて所有権移転登記を経由した。

3  被告株式会社メツセンヂヤー不動産(以下「被告会社」という。)は本件土地につき、浦和地方法務局昭和四五年七月三〇日受付第三五七二四号をもつて所有権移転登記を経由した。

4  よつて、原告は被告らに対して、所有権に基づき、被告ら名義の各所有権移転登記の抹消登記手続をすることを求める。

二  請求原因に対する認否

全部認める。

三  抗弁

1  被告飯塚は、昭和四五年七月二一日、原告の代理人である同人妻浅見節子との間で、金三〇万円を、弁済期日同年九月三〇日、利息金三六、〇〇〇円(月六分の割合による二ケ月分)天引きの約定で貸し渡すこと、および本件土地を譲渡担保として被告飯塚に譲り渡し、右弁済期日までに弁済がない場合には被告飯塚が確定的に本件土地の所有権を取得し、清算金として本件土地の評価額坪当り四万円(合計三〇〇万円)中借受金額を越える金二七〇万円を昭和四六年六月三〇日に原告に支払う旨合意し、翌二二日に原告代理人浅見節子に金二六四、〇〇〇円を交付した。

2イ  右消費貸借契約および譲渡担保設定契約(以下「本件契約」という。)は妻の日常家事代理権の範囲内の行為である。すなわち、(A)訴外浅見節子の借受金額が三〇万円であつて、多額なものでなかつたこと、貸借期間が二ケ月余で、寸借の必要に出たものとみられること、訴外浅見節子が原告の印鑑を所持し、原告の印鑑証明書、本件土地の登記済権利証を持参したこと、本件土地を担保として提供し、期限に弁済しないときは、本件土地を被告飯塚が処分しても異議がないと約定したこと、訴外浅見節子自身が公立小学校の教員であると身分を明かし、緊急に入用の金であり、期限に必らず弁済すると述べたこと、同人は、原告は夫であり、その代理人として契約する旨言明し、関係書類には達筆に原告の氏名を記載して原告の印を押捺し、且つ原告の代理人と肩書して訴外浅見節子の署名押印をしたこと等契約の内容および契約時の情況からしても、また、(B)原告夫婦は同居し、原告は浦和市教育委員会の指導主事、訴外浅見節子は教員として共稼の生活を営み、両名で月収本俸合計一九万五、〇〇〇円位の収入を得ており、現住所に訴外浅見節子名義の宅地約四五坪、原告名義の建物約一三坪を所有しており、以上の原告方の資産状態からすると本件土地は実質的には原告と訴外浅見節子の共有とみられること、原告夫婦は昭和四四年四月三日にも本件土地を担保にして他から三〇万円を借受けたことがあること等本件契約時における原告方家庭の事情からしても、さらに、(C)訴外浅見節子が三〇万円を借受けたのは、原告も交遊があり、困つたときには金を融通し合う訴外浅見節子の教員仲間を援助するためであつたという借受金の使途の面からしても、本件契約は原告夫婦の日常の家事に関する法律行為であり、訴外浅見節子は本件契約につき原告を代理する権限を有していたとすべきである。

ロ  仮に本件契約が日常家事代理権の範囲を越えていたとしても、前記イの(A)(B)(C)の事情のもとにおいては、被告飯塚が本件契約を原告夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由があつたから、民法第一一〇条の規定の趣旨を類推適用して原告は本件契約につきその責に任ずべきである。

3  前記貸金の弁済期は昭和四五年一〇月五日に延期されたが、原告は同日までに金三〇万円を被告飯塚に弁済しなかつたので、被告飯塚は本件土地の所有権を確定的に取得した。

4  被告飯塚と被告会社の間で、昭和四五年七月三〇日、被告飯塚が被告会社より融資を受ける担保として本件土地の所有権を被告会社に移転するとの合意が成立した。そして、被告飯塚が原告との関係で本件土地所有権を確定的に取得することにより、被告会社の所有権取得も確定した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中訴外浅見節子が被告飯塚から三〇万円を被告ら主張の約定で借受けたこと、昭和四五年七月二二日借受金として現実に二六四、〇〇〇円の交付を受けたことは認めるがその余の事実は否認する。訴外浅見節子は原告の代理人として借受けたのではなく、借主は訴外浅見節子自身である。貨借の日時は昭和四五年七月二二日である。

2  抗弁2、イは争う。但し、訴外浅見節子が原告の妻であること、貸借に当り原告の印鑑を所持し、本件土地の登記済権利証、原告の印鑑証明書を持参していたこと、原告が浦和市教育委員会の指導主事、訴外浅見節子が公立小学校の教員であり、同居していることは認める。仮に訴外浅見節子が原告の代理人として本件契約を締結したとしても、妻が夫所有の不動産に担保を設定する行為が日常家事に関する行為に属しないことは明らかである。

3  抗弁2、ロは争う。訴外浅見節子は三〇万円の貨借に際し、被告飯塚に対して、原告には内緒で金員を借りること、原告に無断で原告の実印を使用し、本件土地の登記済権利証、原告の印鑑証明書を交付するものであることを話し、また弁済期日を経過するまで抵当権設定登記をしないこと(所有権移転登記をしないことも含む。)を被告飯塚は訴外浅見節子に約束しているのであるから、被告飯塚は訴外浅見節子に本件契約の代理権がないことを知つていた。また、他人の場合ならいざ知らず、同居している夫婦の場合、互に他の者の印鑑、登記済権利証を容易に入手しうるのであるから、訴外浅見節子が原告の印鑑、登記済権利証を所持、持参したからといつて同人に代理権があると信ずるのは正当視しえない。さらに、不動産の処分を伴う本件契約のような行為について被告飯塚としては原告本人の意思を確認する措置をとるべく、電話を用いれば容易にこれをなしえたにかかわらず、被告飯塚は原告本人の意思を確かめたことは一度もなかつたのであり、右は被告飯塚の過失というべきである。

4  抗弁3は否認する。三〇万円の貨金の弁済期については昭和四五年九月二九日にこれを昭和四六年六月三〇日に延期する旨の合意が成立した。そして、訴外浅見節子は、昭和四五年一〇月七日に金三〇万円並びに金利相当分の金員を被告飯塚に提供したが、被告飯塚が右金員を受領しないので、同月二二日付をもつて東京地方法務局に弁済供託した。

5  抗弁4は不知。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因事実については当事者間に争いがない。

二  そこで、被告らの抗弁につき判断する。

1  日時の点は暫らく措き、被告飯塚が訴外浅見節子との間で金三〇万円を弁済期日同年九月末日、利息金三六、〇〇〇円(月六分の割合による二ケ月分)天引の約定で貸し渡す旨の合意が成立したことは当事者間に争いがない。そして、成立に争いがない甲第一号証と被告飯塚本人尋問の結果によれば、右合意は、訴外浅見節子が原告の代理人として昭和四五年七月二一日に被告飯塚としたものであることが認められ、右認定に反する証人浅見節子の供述は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そして、被告飯塚が昭和四六年七月二二日に訴外浅見節子に対して金二六四、〇〇〇円を交付した事実は、当事者間に争いがない。

さらに、前記甲第一号証、被告本人尋問の結果により成立を認めうる乙第三、第四号証と証人浅見節子の証言、被告飯塚本人尋問の結果によれば、訴外浅見節子は前記貸借の合意をした際、被告飯塚に対し本件土地の登記済権利証、原告の印鑑証明書、原告名義の白紙委任状各一通を交付したこと(登記済権利証、印鑑証明書持参の点は当事者間に争いがない。)、その際、被告飯塚は訴外浅見節子に対し本件土地につき抵当権設定登記手続をしないことを約したが、その後同年九月二、三日頃にいたり、訴外浅見節子は、勤務先の応接室において、原告の代理人として被告飯塚に対し、原告が弁済期に前記借受金を弁済しないときは被告飯塚が本件土地をどのように処分しても異議がない旨誓約し、日付を遡らせた昭和四五年七月二二日付誓約書を差入れるとともに、原告が弁済期に前記借受金を弁済しないときは本件土地を坪当り四万円で被告飯塚に売渡し、借受名目額三〇万円は売買手付金として受領したこととし、残金は昭和四六年六月末日に支払を受ける旨の売渡書(前同様に昭和四五年七月二二日付)を差入れたことを認めることができ、証人浅見節子の供述中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実によれば、訴外浅見節子は原告の代理人として原告の借受金債務を担保するため債務不履行を停止条件とする本件土地の売買契約(換言すれば、債務不履行があれば当然に本件土地の所有権は被告飯塚に移転する旨の売買契約)を締結し、坪当り四万円合計三〇〇万円の売買代金の支払方法として、前記借受名目額三〇万円に相当する金額は手附金として受領したものとし、残代金は昭和四六年六月末日に支払を受ける旨約定したものと認められる。

2  よつて、前認定の消費貸借ならびに停止条件付売買契約(以下、これを一括して「本件契約」という。)に関する訴外浅見節子の代理権の有無について判断する。

民法第七六一条は、明文上は、夫婦の日常の家事に関する法律行為によつて生じた債務について夫婦の連帯責任を定めたものにすぎないけれども、その前提として夫婦が相互に日常の家事に関する法律行為につき他方を代理する権限を有することをも規定していると解される。ところで、民法第七六一条にいう日常の家事に関する法律行為とは、夫婦の共同生活に通常必要とされる法律行為をいうのであるが、特定の法律行為がこれに該当するかどうかは、夫婦の共同生活の内部的な事情や当該行為の個別的な目的のみならず当該行為の種類、性質等をも考慮して判断すベきである。本件において、前記乙第三、第四号証と証人浅見節子の証言、原告、被告飯塚各本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

本件契約当時、原告は浦和市教育委員会の指導主事、妻である訴外浅見節子は公立小学校の教員として勤務しており(この点は当事者間に争いがない。)、その月収本俸は原告約一一万円、訴外浅見節子約八五、〇〇〇円であつた。原告夫婦は、現住所に、訴外浅見節子名義の宅地約四五坪、原告名義の居宅床面積約一三坪を所有し、子供二名と共同生活を営んでいた。訴外浅見節子が被告飯塚から前記のように金員を借受けたのは同訴外人の元の教員仲間が緊急に金員の必要があつて、その者から依頼されたことによるものであるが、その者と原告自身とは格別深い交際はなかつた。借受金の担保として被告飯塚に譲渡することが約定された本件土地は、原告が原告名義の訴外平和相互銀行に対する定期積金約一〇〇万円と原告所属の共済組合からの借入金一〇〇万円(右借入金は原告が給与から割賦弁済中である。)を投じて購入したもので、将来の定住の地として取得したものである。本件契約は三〇万円の借受金の返還義務を担保するため本件土地につき債務不履行を停止条件とする売買を約定したものであるが、訴外浅見節子と被告飯塚は本件土地の価額を三〇〇万円と評価した。

このように認められ、証人浅見節子の供述中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実によると、原告方はようやく中流に属するといえる家庭であり、本件土地は原告方の定住の場所として購入されたものであること、本件土地の購入について浅見節子の収入がなにがしか寄与したことは否定できないが、原告の名で取得された本件土地が夫婦の共有財産であるとは認め難く、むしろ原告の特有財産と目すべきものであること、本件契約が、全体として、原告夫婦の共同生活を営むために必要な目的に出たものと認められないことが明らかであり、このことと三〇万円の借受金担保のため代金三〇〇万円の本件土地の停止条件付売買契約を締結することは、たとえ代金の清算が伴うとはいえ原告方の資産状態に著るしい変動をもたらすものであることをあわせ考えると、本件契約は原告夫婦の共同生活に通常必要とされる法律行為に該当しないとすべきである。

成立に争いのない甲第四号証によれば、原告夫婦が連帯債務者となつて昭和四四年四月三日訴外堀川賢から三〇万円を借受け、右借受金債務を担保するため原告が本件土地につき抵当権を設定するとともに債務不履行を停止条件とする代物弁済契約を締結したことが窺われるが、右契約の具体的事情を詳らかにする証拠がない以上、右事実を根拠にして前記判断を動かすことはできない。その他被告等が主張する事実をもつてしても、本件契約が原告夫婦の日常家事代理権の範囲内に属する事項に当るとは考えられない。

3  そこで、表見代理の成否について判断する。

訴外浅見節子が原告の代理人として金員を借受けるに当り、原告の印鑑を所持していたことは当事者間に争いがなく、同訴外人が被告飯塚に対し本件土地の登記済権利証、原告の印鑑証明書、原告名義の白紙委任状を交付したことは前述のとおりである。また、前記乙第三、第四号証によれば、訴外浅見節子が本件土地の停止条件付売買を約定するに当り、被告飯塚に差入れた前記誓約書および売渡書にそれぞれ原告の代理人と肩書して署名押印し、あわせて原告の印をも押捺し、代理人資格を明示したことが認められる(証人浅見節子の証言によれば、乙第一、第二号証中原告の代理人と肩書した訴外浅見節子名下の印影が同人の印によつて顕出されたものであることが認められるが、さらに同人の証言によれば、右印影は被告飯塚との取引を仲介した訴外平野孫一郎が訴外浅見節子の印を冒用して押捺した疑が抱かれるし、右印影にあわせて押捺されている原告の印影が原告の印によつて顕出されたものであることは当事者間に争いがないが、右印影の成立についても右同様の疑をさしはさむ余地がある。また、乙第二号証中「浅見兼吉代理人浅見節子」なる記載を自己の手書によるものとする証人浅見節子の供述は信用できない。蓋し、同証人が自らの手書によるものと供述し、そのように認定できる前記乙第三、第四号証中の「浅見兼吉代理人浅見節子」なる筆蹟と対照すると前記記載は異なる筆蹟と認められるからである。その他乙第一、第二号証の成立の真正性を認めうる証拠がないので、右乙号各証をもつて浅見節子の代理形式の認定資料として用いることはできない。)。しかし、

同居する夫婦の場合において、一方配偶者が他方配偶者の登記済権利証、印を冒用し、右印を用いて他方配偶者の印鑑証明書の交付を受け、白紙委任状等を作成して代理人を装うことは、本人と無権代理人がこのような身分的共同生活関係に立たない場合に比して、比較的に容易であるから、一方配偶者が他方配偶者の代理人と称して第三者との間で締結する契約の種類、性質の如何によつては、一方配偶者が他方配偶者の印鑑を所持する等前記事情が存するからといつて、第三者において直ちに当該契約を夫婦の日常の家事に関する法律行為であると信ずることは正当視できない。

証人浅見節子の証言と原告本人尋問の結果によれば、訴外浅見節子は原告に無断で原告の印と本件土地の登記済権利証を持出し、右印を用いて原告の印鑑証明書の交付を受け、本件契約に当り右印を所持し、登記済権利証、印鑑証明書を被告飯塚に交付し、また前記のとおり契約書類に原告の印を押捺したという事情にあることが認められ(右認定を左右するに足る証拠はない。)、訴外浅見節子が被告飯塚に交付した白紙委任状も原告の印を冒用して作成されたものであると推認されるところ、本件契約は三〇〇万円相当と評価された原告所有の本件土地を名目額三〇万円の借受金の担保に供し、債務不履行の場合は被告飯塚にその所有権を取得させ、これにより原告方の資産状態に著るしい変動をもたらすものであること前述のとおりであるから、訴外浅見節子が原告の印鑑を所持し、本件土地の登記済権利証、原告の印鑑証明書、原告名義の白紙委任状を交付し、原告の印を契約書類に押捺したことの故をもつて被告飯塚が本件契約を原告夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信じたとすればいささか軽卒のそしりを免かれない。被告飯塚本人尋問の結果によれば、同被告は訴外浅見節子が小学校教員であることから同人の言動に疑を抱かなかつたもののようであるが、そのことは右判断を左右するものではない。前記のような本件契約の種類、性質に徴すると、被告飯塚としては電話その他の方法によつて原告本人の意思を確認すべきであつたにもかかわらず、原告本人尋問の結果によれば、被告飯塚はもつぱら訴外浅見節子のみを相手に事を運び、原告本人について右のような措置をとらなかつたことが明らかである。

以上によれば、被告飯塚において本件契約が原告夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信じたとしても、そのように信ずるにつき正当の理由があつたとはいえないから、民法第一一〇条の規定の趣旨を類推適用して本件契約が原告につき効力を生ずるとすることはできない。

4  以上の次第で、被告らの抗弁は爾余の点について判断するまでもなく失当である。

三  よつて、原告の被告らに対する本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 蕪山厳)

別紙 物件目録<省略>

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